- 特集
- 2026.10.29
従業員の業務上横領・窃盗・詐欺が疑われたら会社はどう対応する? 初動対応から告訴・損害賠償・懲戒処分まで解説
会社の売上金が帳簿と合わない、金庫から現金がなくなっている、身に覚えのない経費精算が繰り返されている、従業員が会社のクレジットカードを私的に使っている、在庫商品が繰り返しなくなっている。このような事情が判明したとき、会社としては、「従業員の行為は犯罪に当たるのではないか」「本人にどのように確認すべきか」「警察への相談や懲戒処分をすぐに進めてよいのか」と判断に迷うことがあります。
従業員による不正が疑われる場合、会社は、犯罪に当たるのか検討するだけでなく、証拠の確保、被害額の調査、被害金の回収、刑事告訴、懲戒処分などを並行して進める必要があります。
そこで本記事では、会社側の立場から、業務上横領や窃盗、詐欺に当たり得る具体例と、発覚後の対応を順に解説します。
目次
1 従業員のこんな行為は業務上横領罪や窃盗罪、詐欺罪に当たる可能性があります
例えば、従業員による以下のような行為があった場合には、犯罪が成立する可能性があります。
(1)売上金・集金現金の着服
営業担当者が顧客から集金した代金を会社に入金せず、生活費や借金の返済に使った場合です。
売上金の受領・管理を任されていた従業員が私的に流用したのであれば、業務上横領罪が問題となる可能性があります。なお、管理を任されていない(管理権限のない)従業員が現金を持ち出した場合には窃盗罪が問題となる可能性があります。
(2)会社口座からの無断出金・送金
経理担当者が、インターネットバンキングなどを利用して、会社口座から自分や第三者の口座へ無断で送金した場合です。
その従業員の権限や送金方法などによって、業務上横領罪その他の犯罪が問題となる可能性があります。
(3)会社のクレジットカードの私的利用
会社名義のクレジットカードで、私物、旅行代金、家族の飲食代などを決済した場合です。
カードの管理状況や利用方法などによって、業務上横領罪や詐欺罪などが問題となる可能性があります。
(4)会社の商品・在庫品の持出しと転売
商品や資材を保管・管理していた従業員が、会社に無断でこれを持ち出し、フリマアプリなどで売却した場合です。
その従業員が商品等を業務上管理する立場にあったかによって、業務上横領罪又は窃盗罪が問題となる可能性があります。
(5)預かった経費・釣銭・小口現金の流用
出張費、仕入代金、小口現金など、特定の業務のために預かった金銭を私的に使った場合です。
従業員が業務上預かっていた金銭を私的に流用したのであれば、後日返すつもりであったとしても、業務上横領罪が問題となる可能性があります。
(6)架空経費・水増し請求による取得
存在しない出張や取引を申告したり、実際より高い金額を申告したりして、会社から経費の支払を受けた場合です。
虚偽の申請によって会社に金銭を支払わせたのであれば、詐欺罪が問題となる可能性があります。
※注意
「会社に損害が生じた」「従業員が不正に利益を得た」というだけで、当然に犯罪が成立するわけではありません。誰が財産を管理していたか、従業員にどのような権限があったか、どのような方法で財産を取得・処分したかによって、犯罪の成否や類型が異なります。
2 従業員の不正と犯罪
会社内で「横領」と呼ばれる行為であっても、刑法上は、財産を誰が管理していたか、不正に取得した方法は何か等によって、業務上横領罪、窃盗罪、詐欺罪などのいずれが問題となるかが異なります。
もっとも、会社が初動段階で罪名を確定する必要はありません。まずは客観的な事実と証拠を整理し、その後の対応を検討することが重要です。
業務上横領罪と窃盗罪を区別するときは、対象となる財産をその従業員が業務上管理していたかが重要です。これに対し、虚偽の申告などによって会社に金銭を支払わせた場合には、詐欺罪が問題となることがあります。
※注意
犯罪が成立するか、どの罪名に当たるかは、証拠と具体的事情によって判断されます。また、刑事上の犯罪が成立するかという問題と、会社が損害賠償請求や懲戒処分を行うことができるかという問題は、それぞれ別の観点から検討されます。
| 問題となる犯罪 | 基本的な場面 | 会社での例 |
| 業務上横領 | 業務上預かり、管理している財産を不正に自分のものにする | 経理担当者が預かった売上金を着服する |
| 窃盗 | 他人が管理している財産を持ち去る | 管理権限のない従業員が金庫から現金を持ち出す |
| 詐欺 | 虚偽の説明によって相手に財産を交付させる | 架空経費を申請して会社から精算金を受け取る |
3 従業員の不正が疑われたときに会社がまず行うべき初動対応
不正の疑いが生じたからといって、直ちに本人を問い詰めることが適切とは限りません。
先に追及すると、資料の廃棄、データの削除、関係者との口裏合わせなどにより、事実確認が難しくなるおそれがあります。まず、必要な証拠を確保し、調査体制と対応方針を整えることが重要です。
(1)証拠を保全する
預金口座の取引履歴、会計帳簿、請求書、領収書、経費精算書、売上金・在庫の管理記録、承認記録、業務用メールやチャットなどを確保します。電子データについては、削除や上書きの可能性を考慮し、取得日時・取得者・取得方法を記録しておくとよいでしょう。
(2)被害額・期間・手口を調査する
一件だけの不正に見えても、同様の取引が継続している場合があります。対象期間や取引を限定し過ぎず、類似する出金、精算、在庫差異などを確認します。調査範囲は、証拠の状況と会社の負担を踏まえて段階的に設定します。
(3)本人の権限・アクセスを見直す
不正の継続や証拠の消失を防ぐため、必要に応じて、現金・印章・通帳・カードの管理、会計システムや銀行口座へのアクセス、商品の出庫権限などを見直します。ただし、自宅待機や業務変更を命じる場合には、就業規則、賃金の取扱い、業務上の必要性などを確認する必要があります。
(4)事情聴取の準備をする
事情聴取は、証拠を一定程度整理した後に、質問事項、同席者、記録方法を決めて行います。供述内容を正確に記録し、必要に応じて本人が確認した書面を作成します。威圧的な追及や、十分な調査をしないまま結論を押し付けることは避けるべきです。
(5)社内外への情報共有を必要な範囲に限定する
調査段階では、事実が確定していないこともあります。社内での風評、名誉・プライバシーの問題、取引先への影響を考慮し、情報共有の範囲と説明内容を管理します。
4 会社が検討すべき刑事上の対応
業務上横領罪などの犯罪が成立する可能性があるときは、証拠を整理した上で、警察への相談や刑事告訴を検討します。もっとも、刑事手続は被害金を回収するための手続ではないため、民事上の回収方法も別途検討する必要があります。
(1)警察への相談・刑事告訴
警察に相談する際には、単に「盗まれた」「横領された」と説明するだけでなく、対象財産、従業員の担当業務と管理権限、不正な処分に至る経緯、被害額の算定根拠、関係資料を整理しておくことが重要です。刑事告訴を行っても、直ちに逮捕や起訴に至るとは限りません。証拠の内容や捜査機関の判断によって、その後の進行は異なります。
(2)被害回収・示談との関係
本人から返還の申出がある場合には、刑事対応と被害回収をどのように進めるかを検討します。返済を受けることと、刑事告訴を行うことは必ずしも二者択一ではありません。ただし、示談書や弁済合意書の内容、告訴の取扱いに関する約束は、その後の選択肢に影響するため、慎重に定める必要があります。
5 会社が検討すべき民事上の対応
会社が被害金や物品を取り戻すためには、刑事手続とは別に、返還請求や損害賠償請求などの民事上の対応を検討します。刑事事件として立件されていない場合や、不起訴となった場合であっても、直ちに民事上の請求ができなくなるわけではありません。
早い段階から本人の返済能力や財産状況も踏まえて回収方法を検討する必要があります。
(1)任意の返還・弁済合意
本人が事実と金額を認め、返済の意思を示している場合には、支払額、期限、分割回数、遅延時の取扱いなどを書面で明確にします。分割返済の場合には、履行可能性を確認し、必要に応じて担保や保証を求めるほか、強制執行認諾文言を付した公正証書を作成することも検討します。
(2)仮差押え・訴訟
任意の支払が見込めない場合には、訴訟による請求を検討します。財産が散逸するおそれがあるときは、仮差押えなどの保全処分が選択肢となることもあります。ただし、保全処分には権利と保全の必要性に関する資料や担保が必要になるため、対象財産の把握を含めて早期の検討が必要です。
(3)給与・退職金との処理
会社に損害賠償請求権がある場合でも、給与から会社が一方的に控除することは原則としてできません。給与や退職金との相殺を検討するときは、賃金全額払いの原則、就業規則や退職金規程、本人の自由な意思に基づく合意の有無などを慎重に確認します。
6 会社が検討すべき労務上の対応
刑事上の犯罪が成立するかという問題と、会社が懲戒処分を行うことができるかという問題は同一ではありません。刑事事件として立件されていない場合や不起訴となった場合でも、社内調査によって就業規則違反が認められれば、懲戒処分を検討できることがあります。反対に、不正が疑われるだけで、十分な事実確認や社内手続を経ずに処分することは適切ではありません。
調査中の配置や権限管理、懲戒処分、退職申出への対応などを、就業規則と具体的事実に基づいて検討します。
(1)調査中の自宅待機・配置変更等
本人が業務を継続すると不正や証拠隠滅のおそれがある場合、権限停止、配置変更、自宅待機などを検討します。ただし、命令の根拠、必要性、期間、賃金の取扱いを確認し、調査目的を超える不利益を与えないようにします。
(2)就業規則と懲戒事由の確認
懲戒処分を行う前に、就業規則上の根拠、周知状況、過去の処分例、被害額、期間、故意性、役職、弁済の有無などを確認します。また、本人に弁明の機会を与えるなど、社内規程に沿った手続を踏む必要があります。
(3)懲戒解雇を含む処分の相当性
不正が事実であっても、処分の有効性は、行為の性質・態様その他の事情との関係で判断されます。労働契約法15条は、懲戒が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当でない場合には無効とし、同法16条も解雇について同様の規律を定めています。事実認定と処分選択を分けて慎重に検討することが重要です。
(4)本人が退職を申し出た場合
調査中に本人が退職を申し出ることがあります。退職の成否・時期、引継ぎ、貸与物・データの回収、被害弁償、秘密保持、刑事告訴との関係を整理します。退職したからといって、損害賠償請求や刑事対応が当然にできなくなるわけではありません。
7 刑事・民事・労務の対応は順序と組合せが重要です
刑事告訴、損害賠償請求、懲戒処分は、それぞれ目的と要件が異なりますが、実際の対応では相互に影響します。たとえば、本人への追及を急ぐと証拠保全が難しくなることがあり、懲戒処分を先行すると、その後の事情聴取や引継ぎに影響することがあります。また、弁済合意や示談書の内容によって、刑事・民事の対応方針が制約される場合もあります。
事案によっては、緊急に警察へ相談すべき場合、早期に仮差押えを検討すべき場合、先に就業上の権限を停止すべき場合があります。会社として何を優先するかを整理し、各手続を一体として設計することが重要です。
8 従業員の不正が疑われる場合は早めに弁護士へご相談ください
従業員による不正が疑われる場合、会社は、その行為が業務上横領罪その他の犯罪に当たり得るかを検討するだけでなく、証拠保全、社内調査、本人への事情聴取、被害回収、刑事告訴、懲戒処分などを進める必要があります。初動を誤ると、証拠や財産が失われたり、懲戒処分をめぐる別の紛争が生じたりするおそれがあります。
「売上金や在庫が合わない」「金庫から現金がなくなっている」「経理担当者による不審な送金が見つかった」「身に覚えのない経費精算が繰り返されている」「会社のカードが私的に利用されている可能性がある」といった場合には、本人へ連絡する前に、確認できている事実と資料を整理し、早めに弁護士へご相談ください。事案に応じて、調査の進め方と、刑事・民事・労務の対応方針を検討します。